やっと投稿する気持ちに・・・
2012年07月18日
6月30日、早朝4時22分に母がこの世を去った。
6月1日、偶然にも、デフパぺ公演の日、母を長野日赤病院から
退院させて、自宅介護に切り替え、約1か月後のことだった。
まだ、まだ、母は自分のすぐそばにいてくれるような錯覚にとらわれ、
悲しみに包まれるというよりは、信じられなくって、まだ実感がわかない。
母は、自宅に帰ってから、すごく気持ちの面で、上向いて、
それとともに食欲も戻って、実においしそうに食事を食べてくれた。
「こんなに元気になっちまって、困った。まだ死ねそうにない」
なんて冗談を言っては笑わせてくれていた。
最後の最後まで、周囲の人を笑わせてくれて、和ませてくれた。
偉大な母。 よかった、本当にあなたの娘で。
ありがとう おかあちゃん。
6月1日、偶然にも、デフパぺ公演の日、母を長野日赤病院から
退院させて、自宅介護に切り替え、約1か月後のことだった。
まだ、まだ、母は自分のすぐそばにいてくれるような錯覚にとらわれ、
悲しみに包まれるというよりは、信じられなくって、まだ実感がわかない。
母は、自宅に帰ってから、すごく気持ちの面で、上向いて、
それとともに食欲も戻って、実においしそうに食事を食べてくれた。
「こんなに元気になっちまって、困った。まだ死ねそうにない」
なんて冗談を言っては笑わせてくれていた。
最後の最後まで、周囲の人を笑わせてくれて、和ませてくれた。
偉大な母。 よかった、本当にあなたの娘で。
ありがとう おかあちゃん。